某編集部にいたその頃は原稿用紙と鉛筆の世界でした。調べ物は図書館へ走るか、著者に直接、問合せるしかなく、正確性を求めなくてはならず、実地調査有りのハードな職場でしたが、好みの仕事でした。
1987年、デザイン会社では、ワープロを使える人として入社しました。手作業のデザイン版下作業を横目で見つつ、写植屋さんにも走るという日々の中、パソコンを導入するので勉強してくれということになり、学校に通い情報処理やら、二進数やら、コンピューターの歴史などを習い、社内のパソコン担当者となりました。倒産で退職。
初めて自分で買ったパソコンはNEC PC-9801VX21。5インチのFDにブラウン管モニター。
バッチファイルで結構思い通りに動く、パソコン通信時代。雑誌の付録ゲームで結構遊べたMS-DOS時代でした。インベーダーゲームが流行った頃のことです。
次の職場はソフトハウス。オフコンでSEさんたちがプログラムを作っていました。彼らはアセンブリ(機械語)がわかる人たちで、人間離れしているなぁと感嘆していました。コボル、ベーシック、フォートランの時代です。私は簡単なプログラミングとマニュアル作成と雑用。
取引先の会社がメモリー2GBを2,000万円で購入したと聞いて、ぎょえっと驚いたのは忘れられません。
子どもを持った時、誰でも考えるのではないでしょうか。家でできる仕事がしたいと。そう思ってもノウハウがなく、我が子は保育園育ちです。
1992年スタジオファインという名前で版下製作の仕事をスタートしました。
ワープロ、展覧会のDMなどの版下を作り、印刷屋さんに行きます。印刷所の下請けやら、情報入力もしてました。零細悲哀。
その後、今からはインターネットの時代という波が来て、一年がかりで学費を貯め、Webを学びました。デジタルハリウッドで知り合った人は、今も友達です。テーブルぐみで、がっちりサイトを作るのがベストという時代でCSS前夜、Flashはやるべき、JavaScriptは、どうなるかなぁ、USB規格が出てきた頃です。
ガチでテーブル組みが出来るようになった頃には、すっかり作り方が変わってしまい一から学び直し。
今はCSSは当然、Flashは全滅、JavaScriptは隆盛、USBは3.0。無線LANは当然、Web速度も格段に速くなり、古い世界は一掃され、とんでもなく進化しました。
インターネット初期は、画像アップなんて、とんでもなく大変な事でありました。写真サイズは厳密に下げなければならず、写真のソフトとして導入したのは、Photoshop ver4.0が最初でした。
デジカメの最初はオリンパスE-10 400万画素。当時は最高の画素数でした。
その後撮影および、動画撮影もお仕事としてさせていただくようになりました。
現在はNIKON Z9、Z8、GRⅢ、GRⅢxが 愛機です。
やれそうなことはやってみる精神で、現在に至ります。
ここまでは、主に、仕事のことですが、
昔、仕事とは別に、ジャンルは違えども表現することを目指していた時期があります。
諸事情により辞めざるを得ず、封印したまま過ぎました。
「気がつけば30年」とは、
気がつけば30年以上、表現する立場から離れていたと思い出し、ふと思いついた言葉です。
2018年 きちんと写真勉強したい、通信ならやれるかな、とほんの軽い気持ちで、京都造形芸術大学(京都芸術大学)写真コースに入学しました。
入学当初は「写真で表現する」ことが出来るということさえ、想像もしませんでした。
でも今は違います。
卒業はちょうど良い機会なので、サイトを作りました。
自分なりの表現を貯めていこうと思っています。
よろしくお願いします。
2024.2 田中ユキコ